供述調書を公開・居眠り運転を否定するおかしな言い訳【新木商事死亡事故】

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供述調書

新木商事の加害者ドライバー芹澤氏の供述

平成29年12月29日 神奈川県警高速道路交通警察隊大黒分駐所での供述(加害者ドライバー)

供述調書

※供述調書の原文を見るにはこちらをタップしてください。

供述調書

氏名澤 拓也 (30歳)

上記の者に対する過失運転致死 被疑事件につき、平成29年12月29日神奈川県警察高速道路交通警察隊大黒分駐所において、本職は、あらかじめ被疑者に対し、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げて取り調べたところ、任意次のとおり供述した。

1 言いたくないことについては、何度も説明を受けていますので、意味は分かります。

2 これから今回の交通事故のことについて話します。

この時本職は、平成29年12月8日付司法巡査○○○○作成の捜査報告書(教育実施記録の写しの入手について)を供述人に示し、説明を求め、教育実施記録の写しを本書末尾に添付した。
今見せてもらった教育実施記録のコピーについては、会社で所長の金田さんや運行管理者の柿沼さんからの会社のドライバーに対して、指導教育があった際に、見た人が紙の右側にある氏名の欄に名前を書いていくものです。

この教育実施記録については、私が今回起こした交通事故の内容について、私が会社に報告した交通事故の状況と会社からの教育の内容が書かれています。
この報告書の内容について説明します。

この時本職は供述人に対し、次のとおり問答をした。

問 貴方が会社の人間に対して今回交通事故の原因についてはどのような説明をしているのですか。

答 会社には覚えていないと答えています。ドライブレコーダーの映像を見た結果で、私自身は事故直前は寝ていないと会社には伝えています。

問 教育実施記録の写しに書かれている指導教育の内容は、どのような内容になりますか

答 今回の私の起こした交通事故の概要と運転時に携帯電話を持って画面を見ながら運転するような、前方不注意をしないよう運転の見直しについて書かれています。

問 今回の交通事故の原因は携帯電話の画面を見ていたことによる脇見なのですか

答 違うと思います。しかし、原因は覚えていませんのでわかりません。

問 会社の誰に事故の状況の説明をした記憶がありますか。

答 埼玉本社の木下社長、佐藤部長、金田所長、細川部長の4人です。交通事故の当日に警察の取調べが終わった後に私を迎えに来た父親と妻と3人で金沢区の会社に行きました。

会社には、金田所長や佐藤部長がいたので、私が起こした交通事故の説明をしました。
私が二人にした説明としては事故の状況を聞かれたのですが、私自身が事故の詳細は全く分からなかったので、分からないとしか答えていませんでした。

会社では、私が起こした事故のドライブレコーダーの映像を見せてもらいましたが、何度も何度も見返したりは出来なかったので、この時映像を見て
うわー、やっちゃった。
としか思うことが出来ずに事故の原因とかを考える余裕もありませんでした。

事故発生から数日後に会社の社長と佐藤部長が私の横須賀の○○にある実家に来ました。
この時に社長から事故の詳細の説明を求められたのですが、この事故の原因は、覚えてないから分からないと答えました。

社長から事故の原因までは深く追求されることなく、今後の保険関係のことや、遺族、被害者に対する謝罪に関係するような話しがありました。

金田所長に対して、今回の交通事故の話しをしたのは、交通事故を起こした直後に事故現場で私の携帯電話で話しをしました。

この時の会話ははっきりとは覚えていませんが事故を起こしちゃいましたと話し、湾岸線のつばさ橋付近で、事故の相手が怪我をしている状況を話したと思います。

金田所長とは、事故当日に話しをしたくらいで、その後はいつ話しをしたかは、記憶がごちゃごちゃになっていて詳しく覚えていません。

しかし、教育実施記録が作られた平成29年10月6日までの間では、私の記憶では金田所長と話しをしたのは事故当日だけです。

問 金田所長からの警察に対する説明では、コンソールボックスに入っていた携帯電話の充電器を探して脇見をしている途中で事故を起こしたと説明をしているようですが、事故の原因は脇見なのですか

答 携帯電話の充電器を探すために脇見をしたと金田所長に話した記憶はありません。もしかすると、事故の原因については、はっきりとは覚えていなかったので、金田所長に対して、覚えていない事故の原因が自分自身で分からないなりに考えて、その原因として、この脇見かもしれないと答えたかもしれませんが、覚えてません。

 金田所長に対して、事故の原因の話しをした記憶はありませんが、考えられる事故の原因として、携帯電話の充電器を探すための脇見
や横を向いていた際の脇見とかを説明したと思います。

問 会社の他の人には、運転席で事故直前に携帯電話の充電器をコンソールボックスから取ろうと脇見をして、交通事故を起こしたと話してはいませんか。

答 記憶にありません。

問 今回の事故が起きる前に貴方が使っていた携帯電話の充電器はどこに置いてありましたか

答 事故を起こした車のシガーソケットに差し込んだままの状態で白いコードの充電器があったと思います。
 携帯電話の充電器をコンソールボックスに入れることは基本ありません。
 私が次の日に休みの時、私が使っていた車を使う人がいた場合にコンソールボックスに携帯電話の充電器を入れることが過去ありま
した。
 
問 事故前日と事故当日の運転していた車はなんですか

答 事故の前日も、事故当日も私が事故を起こした車を運転していました。
 ですから携帯電話の充電器をコンソールボックスに入れることはありません。

問 金田所長に対して事故の原因の説明をした記憶はあるのですか

答 記憶はないのですが、金田所長から色々と聞かれた事は間違いな いだろうし、金田所長が言っていることは私がその当時に言ったことで間違いないのだろうけど、日にちが経っているのではっきりと思い出すことが出来ません。
 この時の金田所長との会話の内容について警察から説明を求められるとは思ってもいなかったので、そこまで会話の内容を重要視していませんでした。
 はっきりと金田所長と面と向って事故の話しをした記憶はありません。

 この携帯電話の充電器をコンソールボックスに入れていて探していたために脇見をしていた説明はしていないと思います。

問 金田所長の役職の立場から事故の原因の究明は必要なことだと思いますが、その所長である人との会話について重要視はしないのは何故ですか

答 重要視しないと言うよりも、交通事故が起きてから今日まで日にちが大分経っているので、この金田所長が作った教育実施記録が作られた10月6日くらいであれば、何を金田所長に話しをしたか、私も覚えていたかもしれないのですが、今となっては覚えていません。

問 警察に対して今回の交通事故の原因についてはどのように説明しているのですか。

答 よく前を見ていなかったことです。

問 貴方は、交通事故が起きた当日に一番初めに事故現場に到着していた警察官からどの車の関係者ですかと尋ねられた際にトラックを運転していました。
 と答え、さらに警察官が、どのような交通事故ですかと尋ねたところ貴方は、
  すいません居眠りしちゃいました。
 と事故現場で答えていたそうですが、この現場に一番初めに到着していた警察官との会話について覚えていますか。

答 その時に居眠りしちゃいましたと答えた記憶はありませんが、事故の現場で、その場にいた誰かに居眠りをして事故を起こしたという話しをした記憶はあります。

しかし、居眠りをしたと答えたことについては、前にも説明しましたが、事故現場にいた警察官か消防士か覚えていませんが、その人にどのような事故だったか、何で事故を起こしたのか、寝てしまったのかと聞かれたときに何も覚えていなかったので寝てしまったと思ってしまって、答えたのです。

問 なぜ覚えていないのですか。

答 なぜ覚えていないかと言われても、何で覚えていないのかわかりません。

問 交通事故当日にこちら大黒分駐所に来て、上申書を作成した際は居眠り運転をしてしまった。と答えています。
 会社の人に対しては運転席で事故直前に携帯電話の充電器をコンソールボックスから取ろうと脇見をしたと答えていることについて、交通事故の原因は全く覚えていないのですか。

答 覚えていません。

問 ドライブレコーダーの映像からの推測ではなく、実際の記憶ではどのような事が言えるのですか

答 覚えていません。

問 今回の交通事故の本当の原因は何になるのですか。

答 覚えていませんが、ドライブレコーダーの映像を見る限り事故直前も田村君と携帯電話で会話をしている状況もあるので、私の車が走行する進路遠方を何かは、思い出せませんが考え事をしながら運転していたのではないかと思います。

以上で問答を終わる。

加害者ドライバーは「覚えていない」の一点張り

事故から約3ヶ月後の平成29年12月29日の取り調べから、加害者ドライバーは「覚えていない」と供述することが多く増えました。

この時の金田所長との会話の内容について警察から説明を求められるとは思ってもいなかったので、そこまで会話の内容を重要視していませんでした。はっきりと金田所長と面と向って事故の話しをした記憶はありません。
加害者ドライバーの供述より引用

人を殺しておきながら、たった3ヶ月で覚えていない、この無責任さ異常ではないでしょうか?
株式会社新木商事002

平成30年5月24日横浜地方検察庁での供述(加害者ドライバー)


※供述調書の原文を見るにはこちらをタップしてください。

供述調書
本籍
住居
氏名 芹澤拓也 ○○年○○月○○日生(○○歳)
上記の者に対する 過失運転致死傷 被疑事件につき、平成30年5月24日、横浜地方検察庁において、本職は、あらかじめ被疑者に対し、自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げて取り調べたところ、任意次のとおり供述した。

1 .  私は、昨年である平成29年10月1日午前6時25分頃、仕事先であった株式会社新木商事の中型貨物自動車を運転し、高速湾岸線を走行中、進路前方の路肩に駐まっていた自動車に自車を衝突させるなどし、車外に出ていた男性1人を死亡させ、車内にいた全部で4人の人にけがを負わせる交通事故を起こしました。
そのことについて話します。

2 .  私が仕事をしていた新木商事は、スーパーに生鮮食品を配送することを主な業務としていますが、私は、その新木商事で貨物自動車を運転し、生鮮食品をスーパーに配送していました。
この日も、私は、朝早くから新木商事の車である貨物自動車を運転し、川崎市東扇島にあるFAZ川崎物流センターで積み込んだ生鮮食品を長津田駅前にあるスーパーまで配送し、再びFAZ川崎物流センターに行くため高速湾岸線を走っていました。
私は、湾岸線上り方面に向かい、横浜ベイブリッジを渡り、大黒パーキングエリアに分岐する大黒ジャンクションを越えた辺りまで来たのを覚えています。
しかし、その後、今回の交通事故を起こした直前のことまでは覚えていません。
私が覚えているのは、突然、「ガシャガシャガシャ」という音がすると同時くらいに車が上下左右に揺れているような感じがしました。
その直後に、前方にいたシルバーの車が更に前方の方に押し出される状況を見ました。
私は、パニックに陥ってしまい、順番などははっきりとは覚えていませんが、車を降りてみると、私の車と左側側壁に挟まれてつぶれている黒色の車があるのを見ました。
そして、黒色の車の中には、運転席に男性、助手席に子供を抱えた女性が乗っているのが分かりましたし、その後、黒色の車の後ろに1人の男性が倒れているのを見つけました。
また、前方に押し出されたシルバーの車に女性が乗っていたことも後になって分かりました。
私は、自分の携帯電話を使って救急車を呼んだのを覚えています。

3 . 私は、後日、事故現場付近で警察の人に当時のことを指示説明し、それを図面にしてもらいました。

この時本職は、供述人に対し、平成29年12月23日付け、司法警察員○○○○作成の実況見分調書添付の交通事故現場見取図1及び同見取図2を示し、そのうち同見取図2の写しを本調書末尾に添付することとした。

お示しの見取図2枚は、私が警察の人に指示説明したことを図面にしたものであることが分かります。
私は、貨物自動車を運転して幸浦方面から大井方面に向かって片側3車線道路のうち、一番左側の第1車線を時速約70キロメートルで進行していました。
なお、速度についてですが、私の運転していた貨物自動車に備え付けられているデジタコに速度が記録されていて時速70キロメートルを超えないくらいの速度で走っていたことは間違いないと思います。
私は、見取図1中の①地点で第1車線を走行してきて、②地点まで通常に走行してきたのは覚えています。
ちょうど湾岸線上り線の本線から大黒パーキングエリアに分岐するジャンクションのところであり、本線から分岐する方面に車を進めないように考えながら運転しました。
その後、覚えているのが、見取図2中の③地点に私の運転席の位置があるとき黒色クラウンと衝突し、その衝突地点がの×地点です。
私の車は、④地点で止まりました。
そして、黒色クラウンがつぶれた状態で止まっていたのがア地点です。
1人の男性が倒れていたのが甲地点であり、前方に押し出されたシルバーの車が止まっていた位置がA地点になります。
②地点から③地点まで約3.7キロメートルの距離があるとのことでしたが、その間の状況については、覚えていないというか、分かりません。


4 . 私自身も現場に到着した救急車で川崎幸病院に搬送されました。
私は、左脇腹に痛みを感じましたが、特に骨には異常がないということで、おそらく街突の衝撃でシートベルトで腹が締め付けられて、痛みを感じたのだと思います。

5 . 話したとおり、私は、事故のときの状況を覚えていませんでしたが、実況見分を行い、警察の人から説明を受けたり、私自身、私の運転していた貨物自動車や相手の車の損壊状況などを目で確認して、事故の状況が分かるようになりました。
私の運転していた貨物自動車が路肩に駐まっていた黒色の車とシルバーの車のうち、まず黒色の車に衝突し、黒色の車が前方に押し出され、その車の前にいて、車の底をのぞき込んでいた白井さんという男性をひき、さらに、黒色の車が前方に駐まっていたシルバーの車に衝突するとともに、私の車もシルバーの車に衝突して、シルバーの車は前方に押し出されたのが分かりました。

6 . 今回の事故で、臼井さんという男性は亡くなられ、黒色の車に乗っていた小宮さんという男性、その奥さんと子供さん、そして、シルバーの車に乗っていた伊藤さんという女性の全部で4人の人がけがを負ってしまいました。
今回の事故で亡くなられた臼井翔さんに対しては最悪の結果を招いてしまい申し訳なく思い、ご冥福をお祈りします。
そして、臼井さんの家族に対しては、大変申し訳ないことをしたと心から反省しており、臼井さんの家族やけがを負わせた小宮さん親子、伊藤さんに対してできる限りの補償をするつもりでいます。

7 . 私は、現在、動務先の新木商事は休職中であり、私の父親が経営している有限会社芹澤建設で建設作業員として働いています。
また、住所も変わり、○○県○○市○○ ○丁目○番地○○に今年4月から住んでいます。

供述人の目の前で、上記のとおり口述して録取し、読み聞かせ、かつ、閲読させたところ、誤りのないことを申し立て、末尾に署名・押印した上、各ページ欄外に押印した。
前同日
横浜地方検察庁
検査検索 ○○ ○○
検察事務官 ○○ ○○

加害者ドライバーは執行猶予をもらうために嘘をつきだした?

加害者ドライバーはまだこの時点で、今回の裁判では執行猶予が付くと考えていたように見受けられました。

加害者ドライバーは、事件直後(平成29年10月1日)の供述では居眠り運転をしてしまったと言っていました。

上申書

しかし、翌年(平成30年)に入ってからの取り調べでは居眠り運転を否定し、記憶がない覚えていないと言い出したのです。おそらく、弁護士・会社などから居眠り運転を認めなければ執行猶予が付くだろうとでも入れ知恵を受けたのではないでしょうか?

もしくは、保険屋(三井住友海上火災保険)の担当者に「あまり余計なことは言うな。」と口止めされたからでしょうか?
新木商事死亡事故(2) やはり原因は、過労運転?

あまりにもおかしな(居眠り運転の)言い訳になってしまっています。

以前(平成29年10月18日)、加害者ドライバーが警察の取り調べを受けた際には、平成30年の4月にマイホームを購入する予定であるということでした。

供述調書

↑平成29年10月18日、神奈川県警察高速道路交通警察隊大黒分駐所で行われた加害者ドライバーの取り調べ時の供述書。

そして、平成30年5月24日の検察での取り調べの供述書を拝見して、無事に新居へ転居されていたことがわかりました。

しかし、事故から約1年半後の平成31年3月21日、東京高等裁判所にて加害者ドライバーは禁固刑2年の禁固刑を科されることになりました。

居眠り運転で人間一人の命を奪っても、保険を使って賠償金を支払ってしまえば、マイホームの購入には何らさしつかえありません。

しかし、新築のマイホームで家族と楽しく暮らすことは当分の間お預けですね。


平成30年5月31日横浜地方検察庁での供述(加害者ドライバー)

※供述調書の原文を見るにはこちらをタップしてください。

供述調書
本籍
住居
氏名 芹澤拓也 ○○年○○月○○日生(○○歳)

上記の者に対する 過失運転致死傷 被疑事件につき、平成30年5月31日、横浜地方検察庁において、本職は、あらかじめ被疑者に対し、自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げて取り調べたところ、任意次のとおり供述した。

私は、昨年10月1日午前6時25分頃、仕事先の貨物自動車を運転し、高速湾岸線を上り方面に向けて走行した際、進路前方の路肩に駐まっていた2台の車に衝突するなどして1人を死亡させ、4人にけがを負わせる交通事故を起こしました。
私がこの交通事故を起こした原因ですが、私が前方をしっかり見て運転していなかったからだと思います。
なぜ私が前方をしっかり見て運転していなかったか、今から思うと、思いつくのは、眠気からウトウトしながら運転していたことくらいです。
当時、私は、何か考え事をしながら運転していたという記憶はありませんし、脇見しながら運転していたという記憶はありませんでした。
また、車内のオーディオを操作しながら運転していたという記憶もありませんし、特に何か病気の影響があったという記憶もありません。
そして、私は、このとき酒を飲んで運転していたわけでもありません。
正直なところ、今回の交通事故を起こす直前のことは記憶がありません。
そのようなことから、いま思いつくとしたら、私は、眠気からウトウト居眠りでもしていたというくらいです。
私は、事故を起こした前日の夜、午後10時から午後10時30分頃の間に寝て、当日、午前1時40分頃、目を覚ました記憶があります。
ですから、睡眠時間は、3時間10分くらいから3時間30分くらいになります。
私は、前夜、寝るとき、歯が痛かったことは確かです。
しかし、私は、歯が痛いせいで睡眠時間が思うようにとれなかっという記憶はありません。

問 あなたは、歯が痛かったことで、なかなか眠れなかったり、途中で目が
覚めるなどして熟睡できなかったのではないか。

答 途中で1回目が覚めたことがありましたが、そのときは特に歯が痛いということはありませんでした。
それに、途中で1回目が覚めることは珍しくないことです。

問 あなたは、交通事故を起こす前、同僚の田村さんと携帯電話で通話しているのが、あなたの運転していた車に備え付けられていたドライブレコーダーに録音されているのを知っているか。

答 はい知っています。

問 そのドライブレコーダーの録音を聞くと、あなたが田村さんに歯が痛くて一睡もしていない旨話しているがどうか。

答 私が田村さんに言った内容は、大げさに言ったものです。ですから、私が一睡もしていないというのは、実際には嘘であり、ただ、
寝付きづらいことがあったのは確かだったかもしれません。

問 そうであるなら、あなたは、事故を起こしたとき、睡眠不足だったということか。

答 いつもより睡眠不足だったかもしれませんが、この日、普段より特に眠時間が極端に短かったということではありません。

問 昨年10月1日に、仕事があったのは分かるが、その前から連日仕事だったのか。

答 はっきりとは覚えていませんが、少なくとも数日は連続して仕事のシフトに組み込まれていて、仕事をしていました。

問 では、仕事などで疲労が固まっていたということはなかったか。

答 何日か仕事が続いていたので、それなりに疲労も溜まっていたとは思いますが、だからといって、事故を起こしたとき、特別に疲労が留まっていたという記憶もありません。

私が運転していた車に備え付けられていたドライブレコーダーの映像を警察で見せてもらいましたが、例えば、信号機が赤色表示がら青色表示に変わったのに発進しなかったり、発進しても何秒か経ってから発進したり、車線規制のために設置してある発煙筒を踏み
越えたりして車を走らせている場面が何度かあるのを確認しました。

信号機が赤色から青色に変わってもすぐには発進しないことは、普段でもたまにはありますが、それが何回もあるのは、普段とは違
っています。
発煙筒を踏み越えるのは、状況によっては、普段もなくはないことです。

問 あなたが信号機が赤色から青色に変わったのに、そのまま発進せず止まったままでいたり、発進するのが遅れたりしたのは、居眠りをしていたからではないのか。

答 居眠りをしていたわけではないと思います。

問 では、なぜ青色に信号が変わったのに発進しなかったのか。

答 例えば携帯電話の動画を見ていて信号が青色に変わるのを見ていなかったり、車内に置いてある財布を探したりしていて、信号が青色に変わるのを見ていなかったためだと思います。

問 あなたは、今回の事故を起こした現場に到着した警察官に対して、居眠りをして事故を起こしたことを話したのではないか。

答 事故の現場に来た誰かに、そのような話をした記憶はありません。ただ、警察で私がそのように居眠りをして事故を起こしたと話していた。と教えてもらいました。

問 あなたは、事故が遭った昨年10月1日付けの上申書で事故の原因について、居眠り運転をしてしまったことだと供述しているがどうか。

答 確かに、私は、上申書に事故の原因について、私が居眠り運転したことを書きました。
私は、事故のときの記憶がなかったから、寝てしまっていたと思い、そのように上申書に書きました。

問 そうなら、今回あなたが事故を起こしたとき、あなたは、居眠りをしていたのが真実ではないのか。

答 確かに、私は、居眠り運転をしていて今回の事故を起こしたのかもしれませんが、実際に居眠り運転していたという記憶が私にはないのが本当のところです。
ですから、私は、けっして事故を起こしたとき、居眠り運転をしていたことを否定する訳ではなく、居眠り運転を本当にしたかどうかよくは分からないというのが正直な気持ちです。

私が今回の事故を起こす前の田村さんとの会話の内容や、私が信号が赤色から青色に変わっても発進しなかったりした事故を起こす前の状況などからして、今回の事故を起こした際、居眠り運転をしていたと思われても仕方がないことは、私も分かっています。
私の仕事は、生鮮食品をスーパーに貨物自動車で配送する仕事であり、その日の仕事のシフトに組み込まれている以上、配送の時間に遅れたり、仕事に穴を開けたりすることはできない状況にはありました。
もちろん、眠気を催したら運転することをやめて休憩をとる必要があることは分かっていました。
今回、私の落ち度で交通事故を起こし、臼井さんという男性を死亡させたことについては、大変申し訳ないことをしたと心から反省しています。
私は、現在、運転免許を取り消されています。
今後、車を運転することがあった際には、安全運転に努め二度と交通事故を起こさないようにするつもりでいます。

供述人の目の前で、上記のとおり口述して録取し、読み聞かせ、かつ、閲読させたところ、誤りのないことを申し立て、末尾に署名・押印した上、各ページ欄外に押印した。
前同日
横浜地方検察庁
検査検索 ○○ ○○
検察事務官 ○○ ○○

新木商事所長 金田氏の供述

平成29年11月26日 神奈川県警高速道路交通警察隊大黒分駐所での供述(新木商事所長 金田)

供述調書

※供述調書の原文を見るにはこちらをタップしてください。

供述調書
職業
氏名 金田剛 (32歳)
上記の者は,平成29年11月26日神奈川県警察高速道路交通警察隊大黒分駐所において,本職に対し、任意次のとおり供述した。
私は、平成17年8月にに入社しました。
入社してからは、同社の横浜市金沢区鳥浜町284層にある横浜営業所でトラックの運転手、営業所の主任、所長代理を経て、平成29年4月から所長として勤務しています。
今日は、平成29年10月1日に首都高速道路湾岸線で私の部下である芹澤拓也 30歳が勤務中に交通事故を起こしたので、私の知っている芹澤くんのことについてお話しします。
まず、私が今回ている会社のことについてお話しします。
私が勤めている食品配送を業務としている会社で、主に物流センターから各店舗へ、肉や魚や野菜等の生鮮食品や加工食品等を運んでいます。
会社は、埼玉県杉戸町に本社があり、埼玉県川越市と神奈川県横浜市の2箇所に営業所があり、活動地域は、埼玉県、東京都、神奈川県で配送をしています。
会社全体では、約200台の車両があると聞いています。
国から受けている許可は一般貨物自動車運送事業を受けています。
横浜営業所では、車両は24台あり、その内中型貨物自動車が22台、準中型貨物自動車が2台あります。
車種は、中型貨物自動車がいすずのフォーワードで、準中型貨物自動車が
三菱のキャンター|になり、全て冷蔵冷凍車です。
従業員は、私以下32名おり、そのうち29名がトラックを運転する従業員、他2名が事務職員です。
安全運転管理者として柿沼という者を担当させており、運転手の点呼、健康状態の把握、各車両の点検整備、運転手に対しての車両点検についての教養等の業務を任せています。
従業員の勤務時間は、基本的に毎月6日間の休みがあり、本人の
希望がない限り私が公休表の作成をしています。
公休表の作成というのは、従業員の勤務計画を作成することです。
公休表を作成する上での決まりごととして1週間のうち15時間以上勤務する日が2回以上にな
らないことが国が労働基準法に基づいて過労とならないように定めています。
当然、会社でも守るように言われており、私もこのルールは必ず守るようにしています。
運転手の勤務は日勤と夜勤の勤務があり、ほとんどが日勤となります。
日勤の勤務時間は午前3時から午後4時まで午前5時から午後5時まで。
の2つのパターンがあります。
夜勤の勤務時間は、午後5時から午前7時まで
午後6時から午前8時までで日勤と同じく2つのパターンがあります。
担当地区は、主に神奈川県内で横浜市鶴見区東扇島にある物流センターから食品を運んでいます。
横浜営業所の所長としての私の業務は従業員の公休表の作成
運転手の配車の指示
外部からの電話対応や請求書等の資料の作成
運転手への商品管理や安全運転についての教養等をしています。
配車というのは、私が作成した公休表に基づいて、出勤する運転手の出勤時間、使用車両と配送ルートを決めて、配車指示表を作成することです。
運転手は、私が作成した配車指示表に基づいて、配送をすることになります。
この配車指示表は、常に営業所内に掲示してあるので、各運転手はこの配車指示表を各自で確認することになります。
横浜営業所では、配送ルートは日勤と夜勤ともに4種類ずつあります。
配送の流れは、うちの会社では、スーパーマーケット等の各店舗に食品を配送しているので、配送が休みの日はありません。
契約している会社からの依頼で、物流センターから配送する荷物を受け取って、各店舗に配送することになります。
物流センターでは、授受表という書類をもらい、その授受表に積み込んだ荷物のシールを貼り付けます。
この授受表には、配送日、配送する会社名、運転手の名前、配送する台車の台数、配送先の店舗の名前、配送先の番号、配送する車両の一連番号を記載して配送することになります。
従業員の1日の勤務の流れは、私が決めた配車指示表に従い
午前3時00分
午前5時00分
に営業所に出勤します。
その際に、営業所の入口に設置してある自動車運転免許証の認証及びアルコールチェックをする機械に所持している自動車運転免許証を機械に読み込みをさせ、ストローで呼気を吐きます。
その機械では、自動車運転免許証の有効期限が残りの有効日数として表示され、また、アルコールが体に保有されていないか確認をすることができます。
また、IT点呼という機器を導入しており、その機器では、モニターごしにテレビ電話のように話をすることができます。
この機器を使用して、出勤した運転手は埼玉県の本社の者から、その日の体調や安全運転についての指示事項等の話をすることになっています。
このアルコールチェックをした時間が従業員の出勤時間として記録されることになります。
もちろん、異常があればその日は運転の業務に就くことはできません。
自動車運転免許証とアルコールチェックに異常がなければ、運転手はその日の担当の車両に乗って、配送のため出庫することになります。
運転手には自動車の運転開始前には、それぞれ車両の日常点検として、車両の灯火類の、タイヤの溝、エアの異常の有無、メーター部分の異常ランプの点灯の有無の確認をするように教養しています。
出庫した運転手は、配車指示表に従い東扇島の物流センターに向かい、荷物を積み込み配送をします。
運転手は、物流センターで授受表を受け取り、荷物を自分で車に積み込み、授受表に積み込んだ荷物のシールを貼り付けます。
そして、シールを貼った授受表を物流センターに渡すと、積んだ荷物のシールが貼り付けられた授受表のコピーを2枚もらえるので、配送を開始することになります。
配送先に着き荷物を届けると、運転手は、コピーした授受表のうち1枚を各店舗に渡し、もう1枚に各店舗で受け取りのサインか判子をもらい、サインをもらった授受表を物流センターに渡します。
運転手は、各店舗に着いた時点で、デジタルタコグラフの積み卸しボタンというボタンを押すことになっています。
そして1つの配送が終わると、東扇島の物流センターに向かい、次の配送の荷物の積み込みを行うことになります。
東扇島の物流センターには、車の駐車スペースがあり、食堂や休憩・スペース、喫煙所等があるので、基本的には、運転手は各自、物流センターで休憩しています。
運転手には定時の連絡をすることや休憩時間等は決まっておらず、その日の道路状況等に応じて、個人で適宜休憩することになっています。
運転手には、何かあれば報告、連絡、相談をするように教養していますが、交通事故やトラブル等がない限り、私や会社へ連絡することはありません。
休憩については、私から休憩は1日60分以上とるということを教養しています。
会社からは休みの申請や休憩時間については各自の判断に任せてありますし、体調不良等があれば、無理に運転させることもありません。
しかし、道路状況等に応じて、通行止めや交通渋滞で休憩が取れなければ、運転手から私に連絡が来るので、その際は、運転手の勤務がオーバーワークにいならないように私から休憩の指示や他の運転手の手配をします。
全ての配送が終わると、運転手は営業所に戻り、アルコールチェックをして私か安全運転管理者の柿沼が点呼をして、勤務が終了になります。
出勤時と同じように、このアルコールチェックをした時間が運転手の退社時間として記録されることになります。
運転手は、交通状況や元から配送ルートが遠方になるときには、残業をすることになります。
私がドライバーの行動を知るための手段として、会社で所有している全ての車には、
いすず製みまもりくんという機械が搭載されています。
この機械は、いすず製の運行記録計で、自動車の走行時間、走行速度、エンジン回転数、急加速、急減速や現在位置、積み卸しボタンを押した際の現在位置及びその住所などの運行記録を記録することができるデジタルタコグラフです。
そして、そのデータを会社に送信することができ、ドライバーが 運転開始時に運行開始ボタン、 終了時に運行終了ボタンを押すと、その運行記録をサーバーを経由して確認することができます。
また、GPSによるリアルタイムでの位置情報がわかるので、目的地への到着時間なども記録することができます。

次に、芹澤くんのことについてお話しします。
芹澤くんは、平成23年に運転手として採用されました。
芹澤くんとは、6年の付き合いになり、プライベートで2回くらい芹澤くんと他の数人で飲みに行ったことがあります。
芹澤くんは、仕事に対しては真面目な勤務態度で取り組んでおり、無断欠勤はありません。

しかし、勤め始めた当初はあまり遅刻をしていた記憶はありませんが、ここ最近は週に1回くらい遅刻をすることがあります。 私が、芹澤くんに遅刻をした理由を聞くと、子供と遊んでいたや奥さん送り迎えをしていて、睡眠時間が少なくなったから寝坊をしたと言っていました。
会社までは、車で通勤しており、自宅から営業所まで下道で1時間くらいだと思います。
芹澤くんと話すのは、芹澤くんが会社を退社するときで、仕事の話やパチンコの話やたわいもない話をしていることが多いと思います。
芹澤くんは、健康状態も良好で、通院している病院や服用している薬はないと聞いています。
会社では、1年に2回、健康診断を受診させていますが、今年の4月に行った健康診断でも、異常はありませんでした。
この時本職は、平成29年10月3日、司法巡査横田隼が作成した入手報告書(健康診断個人票の写しの入手について)に添付されている被疑者の健康診断個人票の写し及び入手報告書(健康チェック問診表の写しの入手について)に添付されている健康チェック問診表の写しを参考人に示した。
この健康診断個人票は、芹澤くんが今年の4月25日に健更診断を受けた際の結果になります。
この票を見てもらうとわかるように、芹澤くんは検査の結果、医師の診断等で
肥満要体重減量・要禁煙と体重を減らし、禁煙するようにとの記載はありますが、車を運転することや血圧が高い等の異常はありませんでした。
また、この健康チェック問診表は、芹澤くんがうちの会社に入社した平成23年2月11日に芹澤くん本人が記載したもので、この健康チェック問診表でも本人から通院や入院している等の申告はなく、健康状態は良好でした。
また、健康診断では、把握できない無呼吸症候群については、会社で無呼吸症候群を調べることができる機械を購入して、自宅に持ち帰らせ、実際に自宅で睡眠をした際に調べさせています。
この結果についても、芹澤くんは異常ありませんでした。

平成29年12月5日 神奈川県警高速道路交通警察隊大黒分駐所での供述(新木商事所長 金田)

供述調書

※供述調書の原文を見るにはこちらをタップしてください。

供述 調書
住居
電話
職業
氏 名 金田 剛 (32歳)
上記の者は、平成29年12月5日神奈川県警察高速道路交通警察隊大黒分駐所において、本職に対し、任意次のとおり供述した。
今日は、平成29年10月1日に首都高速道路湾岸線で私の部下である
芹澤拓也 30歳
が交通事故を起こしたことで、芹澤くんの事故当時の勤務状況等についてお話しします。

芹澤くんの運転の特徴は、マイペースでゆっくりめに車を運転するタイプだと思います。
私も、たまにトラックを運転する業務に就くことがありますが、芹澤くんが先に出発したのに、制限速度で走っている私のトラックが芹澤くんの運転する車より早く目的地に着くというようなことが何度かあったのを覚えています。
また、芹澤くんは遅刻が多いというお話をしましたが、遅刻している日については出勤時間を記録してあるので、確認することができます。

運転手が遅刻したことは、出勤時に行っているIT点呼で把握することができ、出勤予定時間から1時間以上経過した際には、本社の者から私に電話が来て、遅刻している運転手に私から連絡をすることになっています。

この時本職は、平成29年11月17日、本職が作成した入手報告書(被疑者の勤務時間一覧表の写しの入手について)に添付されている被疑者の平成29年9月分及び10月分の勤務時間一覧表の写しを参考人に示した。

この一覧表の中で、芹澤くんの出勤時間は、
出勤点呼
と記載されている時間を見ればわかります。
先日説明したとおり、日勤の勤務時間は、午前3時か午前5時出勤になるので、その時間より遅い時間に出勤点呼を受けている時間が私が把握している芹澤くんが遅刻した日になります。
例外で、毎月1日と第3金曜日は、午前2時30分出勤となります。
この一覧表でいうと、
9月1日 点呼時間 3:00
9月2日 点呼時間 3:25
9月4日 点呼時間 5:49
9月7日 点呼時間 4:19
9月8日 点呼時間 3:01
9月9日 点呼時間 3:25
9月10日 点呼時間 3:06
9月18日 点呼時間 3:04
9月19日 点呼時間 3:08
9月20日 点呼時間 3:10
9月21日 点呼時間 3:43
9月22日 点呼時間 3:08
9月24日 点呼時間 3:56
9月25日 点呼時間 5:33
9月27日 点呼時間 5:34
9月29日 点呼時間 3:13
10月1日 点呼時間 2:31

が芹澤くんが遅刻している日で、9月は25日出勤のうち、16日遅刻しており、30分以上遅刻している日が6回あります。

しかし、うちの会社では、30分以内の遅刻であれば業務に影響がでることはほとんどないので、芹澤くんは他の運転手と比べても遅刻が多いという訳ではありません。
また、この表では、芹澤くんの1ヵ月間の合計勤務時間も把握することができます。

この表から芹澤くんの9月の勤務時間の合計は
計339:45
との記載があり、339時間45分であることがわかります。
労働基準法では、1ヵ月の合計拘束時間が293時間までと決まっているので、芹澤くんの9月の勤務は、労働基準法で定められている拘束時間を超過して勤務させていました。

それでは、芹澤くんが事故を起こした10月1日のことについてお話しします。
芹澤くんは、事故があった10月1日は、日勤勤務で
午前2時30分から午後5時までの勤務で、使用していた車は
中型貨物自動車
いすずフォーワード
登録番号 横浜800あ7352号
でした。

この車は、芹澤くんが休まなければ他の者が運転することはありません。
芹澤くんは、前日の9月30日も日勤で、前日は定時の午後5時40分には退勤していますし、ここ最近で芹澤くんから体調不良等の様子はありませんでした
芹澤くんが営業所に出勤した時間は
午前2時31分
で、運転開始時間が
午前2時34分
でした。

事故の日の芹澤くんの勤務計画は、マルエツ長津田店、マイバスケット川崎池藤橋店とその周辺のマイバスケット4店舗、マイバスケット青葉台駅前店とその周辺3店舗、マイバスケット永楽町2丁 目店とその周辺の3店舗の配送するコースでした。
芹澤くんが事故を起こした時間が午前6時25分ころと聞きました
が、この時間ですと、おそらくマルエツ長津田店から東扇島の物流セ
ンターへ戻る途中だったと思います。

私が芹澤くんが事故を起こしたことを知ったのは、午前6時30分すぎに芹澤くん本人から、私の携帯電話に電話があり事故を起こしてしまいましたという連絡を受けた時でした。
この日は、私も配送の仕事をしており、東扇島の物流センターで荷物の積み込みを終えて、6時30分に出発してすぐ、芹澤くんから電話が来たのです。

芹澤くんは私に
ぶつけちゃいました
相手がいて結構やばいです
死んでしまうかもしれない
等と言っており、声からしてかなり動揺している様子でした。
私は芹澤くんに落ち着くように話し、怪我人がいるか、どうゆう事故の状況なのかを聞くと、芹澤くんは首都高のつばさ橋の先で停まっている車に衝突した他にも怪我人はいるかもしれないけどわからない
わき腹を打った
等と言っていたので、私は芹澤くんが何で事故を起こしたのかまでは聞かずに、まず先に警察と救急車を要請するように伝えました。
芹澤くんは既に救急車は要請してあると言っていたので、私は事故の状況をすぐに本社に連絡をしました。

今説明したとおり、芹澤くんは勤務計画に従って、走行している際に交通事故を起こしたことに間違いありません。
事故当時の詳しい運行状況については、先日警察に提出した運行記録計のデータを確認してもらえればわかると思います。

この時本職は、平成29年10月21日、本職が作成した入手報告書(運行記録図表の写しの入手について)に添付されている被疑者の運転車両の事故当日の運行記録図表の写しを参考人に示した。

この運行記録図表は芹澤くんが事故を起こす直前のデータになります。
12分間記録図表と題名がついており、6時24分から6時36分までの12分間の走行速度、走行距離及び回転数がグラフになっています。

この運行記録図表から芹澤くんが事故を起こした直前の運行記録を確認すると
6時24分から6時25分にかけて
時速約70キロ前後の速度
で走行していたことが確認できます。

また、6時25分の少し後に、グラフが急下降しているので
車が急減速した
ということも確認することができます。

グラフが急降下して0キロまで速度が落ちているので、車が急減速して停止したことがわかります。

今回芹澤くんが交通事故を起こした原因については、前方不注視だと思います。

事故の当日か翌日に芹澤くんに事故の原因について聞いたところセンターコンソールボックスから充電器を取ろうとして脇見をして前を見ていなかったと言っていたからです。

また、事故を起こした際に、同僚の田村と電話をしていたという話を聞きました。

そのため、営業所では、今回の事故が前方不注視によるもので、携帯電話は運転中は使用しないようにとの内容で、事故防止のための教育実施をしました。

新木商事教育実習

会社では今回の交通事故の被害者の方へ、社長と芹澤くん等が直接謝罪に行き、謝罪文も送ったと聞いています。

遺族や被害者には、本社の佐藤という者が責任者として、補償等の対応をしています。

今回の事故で芹澤くんには、会社からのペナルティはありません。
現在は、芹澤くんは、有給休暇を取得させて自宅待機となっており、
特に期間は決まっていません。
給料は、自宅待機なので減ってはいますが、減給等の処分はありません。

今回の事故は、芹澤くん本人の不注意による事故だと思うので、電話をしながらの運転等はやめるべきだと思います。

また、今回芹澤くんが運転していた車は、今後廃車にする予定です。

労働基準監督室からは、1ヵ月の合計拘束時間をきちんと守るようにとの指摘事項を受けました。

横浜営業所では、約5名の運転手の1ヵ月の合計拘束時間が超過していました。

今回の労働基準監督室からの調査で、営業停止処分や車両の使用停止処分はありませんでしたが、指摘事項を受け、現在会社では、運転手の人数の増員及び運転手の1日当たりの拘束時間を減らすことを改善している最中です。

運転手には、日頃から休憩を取るように指示はしていましたし、社長から拘束時間の見直しをするようにとの指示があり、勤務時間の見直しをしている最中に今回の事故が起きてしまいました。

今回の事故を受けて、横浜営業所では、前日の睡眠時間を点呼の際に聞いたり、車内で携帯電話の使用禁止との指示をして、事故防止に努めています。

新木商事 田村氏の供述

平成29年10月21日 神奈川県警高速道路交通警察隊大黒分駐所での供述(新木商事 田村)

供述調書

※供述調書の原文を見るにはこちらをタップしてください。

供述調書
住居
職業
氏 名 田村 正之(39歳)

上記の者は、平成29年10月21日神奈川県警察高速道路交通警察隊大黒分駐所において、本職に対し、任意次のとおり供述した。

私は、でトラックの運転手として働いています。
今日は、私の同僚の芹澤拓也 30歳
が私と電話をしていた時に、首都高速道路湾岸線で交通事故を起こしたので、私の知っていることについてお話しします。

まず、私と芹澤くんの関係についてお話しします。
私は、平成22年ころから、現在の会社で働いており、芹澤くんとは会社の同僚です。

私は芹澤くんより半年ほど早く会社に入ったので、先輩になります。
会社に勤めて6年ほどの付き合いで、話しをして楽しいので、会社の中で一番仲の良い同僚です。

芹澤くんとは、仕事の時は、1日に1回は最低でも電話をしていると思います。

トラックの運転手をやっていると、ずっと車を1人で運転している仕事なので、話し相手が欲しくなり、家庭の話や普段の生活についての雑談の話などをする為によく電話します。

それでは、芹澤くんが事故を起こした10月1日のことについてお話します。

私は、10月1日は、午前3時からの勤務だったので、午前2時40分ころに自宅を出て会社に向かいました。
会社に着いたのが午前3時くらいで、事務所で点呼とアルコールチェック等をして、前日に言われた配車計画に従って、使用車両を準備して配送に向かいました。

配送に向かい、まず川崎市東扇島にあるFAZ物流センターに行って、荷物の積み込み作業を行いました。
東扇島の物流センターに行くと、芹澤くんに会い普段通り雑談等をしました。

その時に芹澤くんが
歯が痛くて全然寝れなかった
と言っていました。

私は、車を運転する仕事なのに危ないなと思いましたが、特に詳しい内容は聞きませんでした。

物流センターでの積み込みの作業が終わり、私は午前5時過ぎには、荷物の配送に向いました。
そして、配送中に、芹澤くんに、前日に会社の引越し作業をしたことについて話をしようと思い電話を掛けたのです。

電話をかけた時間は午前6時12分
で、電話をしてから15分位話をしていると、いきなり
カチャカチャ
と音が鳴り、突然電話が切れました。

私は、6時30分くらいなら、芹澤くんは東扇島の物流センターに着いた頃だと思いました。

東扇島の配送センターは昔から、携帯電話の電波が悪く、電話が突然切れるということがよくあるので、突然電話が切れても、おかしくはないので、その時は芹澤くんが事故を起こしたとは思いもしませんでした。

その後、7時30分ころ、私の携帯電話に横浜営業所の所長である
金田から電話があり
芹澤が車3台が絡む大きい事故を起こしたから芹澤の配送ルートを代わりに担当してくれ
被害者の一人はかなり大きい怪我をしている
と聞き、その時に芹澤くんが首都高速道路の湾岸線で事故を起こしたということを初めて知りました。

その時に、私はさっきいきなり電話が切れたのは事故が起きたからかもしれない

朝に積み込みをしている時に眠いと言っていたので寝不足が原因で居眠り運転をして事故を起こしたんではないか

と思いましたが、私は事故が起きた時間は芹澤くんと通話中だったの
寝ているかもしれないと最初は思ったのですがボーっして車を運転して事故を起こしたのかもしれない
と思いました。

私は、事故の翌日の10月2日に芹澤くんに大丈夫じゃないだろうけど、
大丈夫? 昨日の事はオレがなんとかすれば防げたのか?
と、ずーっと考えてる。

寝てないってのを知っていたオレが、ドコかで寝ればとか、逆にセンターまで絶対に寝かせ
ないとか、方法はあったハズ。

助けるコトが出来たかも知れないのに出来なくて本当にゴメン。

過ぎてしまってから言っても遅いけど。

相手は亡くなったけど、自分は生きていて良かったんじゃないかな。

大事な家族を残して死ねないし。あっちゃんや子供達の為に早めに出て来て「カンバル」じゃないかも知れないけど家族の笑顔の為にガンバ
レ!!」

あ、行き先分かったら教えられたら教えて。
うかがうぜ

とラインでメッセージを送りました。
私がこのラインを芹澤くんに送ったとおり、私は芹澤くんが事故を起こした時に電話をしていたので

歯が痛くて寝てないと言っていたので私がもっと眠気を覚ますようなことを話すべきだった
眠気が和らぐようにどこかで休憩をするように言えば良かった
と思いました。

私もトラックを運転していますが、ハンズフリーなら携帯電話で通話しても良いと思い普段から電話していました。

しかし、今回芹澤くんがこのような大きな事故を起こしてしまったことは、本当に残念です。

もし、芹澤くんがこの仕事を今後も続けるなら、もっと安全運転に努めてもらいたいと思います。

今日、私が警察に話をした内容は、芹澤くんから頼まれたり、会社から指示を受けたということは一切ありません。

私が話をした内容は、私が事故の前の状況を記憶している内容で、嘘や偽りはありません。

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